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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)29号 判決

原告 梁商壽 ほか三名

被告 法務大臣 ほか一名

訴訟代理人 押切瞳 高橋廣 ほか三名

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告法務大臣が原告梁商壽、同羅明子、同梁壽子に対して昭和四九年七月二九日付で、原告梁洋子に対して昭和五〇年七月一四日付でした原告らの出入国管理令第四九条第一項に基づく異議の申出は理由がない旨の各裁決は無効であることを確認する。

2  被告横浜入国管理事務所主任審査官が原告梁商壽、同羅明子、同梁壽子に対し昭和四九年八月一六月付で、原告梁洋子に対し昭和五〇年七月一八日付でした各外国人退去強制令書発付処分は無効であることを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決

二  被告ら

主文と同旨の判決

第二原告らの請求原因

一1  原告梁商壽は、韓国人であり、韓国政府発行の有効な船員手帳を所持して、釜山港から韓国船第一三進行号で昭和三九年一〇月五日大阪港に入国し、大阪入国管理事務所大阪港出張所入国審査官から同月二〇日出入国管理令(以下「令」という。)第一四条に基づく寄港地上陸の許可を受けて上陸し、そのまま本邦内に潜入したが、昭和四八年七月に至り入国警備官の違反調査により右事実が判明し、横浜入国管理事務所入国審査官は、同原告を韓国船員手帳を不正に利用し乗員を偽装して本邦に入国した者と認め、同年八月三〇日令第二四条第一号に該当する旨認定し、さらに同所特別審理官は、口頭審理のうえ右認定には誤りがない旨判定したので、同原告は、被告法務大臣に対し令第四九条第一項に基づき異議の申出をしたところ、同被告は、昭和四九年七月二九日同原告に対し右異議の申出は理由がない旨の裁決をし、次いで被告横浜入国管理事務所主任審査官(以下「被告主任審査官」という。)は、同年八月一六日同原告に対し外国人退去強制令書発付処分をした。

2  原告羅明子は、昭和三六年六月一日ころ韓国から本邦に有効な旅券又は棄員手帳を所持しないで入国した韓国人であるが昭和四八年七月に至り入国警備官の違反調査により右不法入国の事実が判明し、横浜入国管理事務所入国審査官は、同年一二月一一日同原告を令第二四条第一号に該当する旨認定し、さらに同所特別審理官は、口頭審理のうえ右認定には誤りがない旨判定したので、同原告は、被告法務大臣に対し令第四九条第一項に基づき異議の申出をしたところ、同被告は、昭和四九年七月二九日同原告に対し右異議の申出は理由がない旨の裁決をし、次いで被告主任審査官は、同年八月一六日同原告に対して外国人退去強倒令書発付処分をした。

3  原告梁壽子は、父原告梁商壽、母原告羅明子の間に昭和四三年二月一五日本邦において出生した韓国人であり、同月二四日在留資格四-一-一六-二、在留期間三年として在留を許可され、昭和四六年二月二五日在留期間更新許可を受けたが、その在留期間を経過して本邦に残留していたので、昭和四九年五月一七日横浜入国管理事務所入国審査官は、原告梁壽子を令第二四条第四号ロに該当する旨認定し、さらに同所特別審理官は、口頭審理のうえ右認定には誤りがない旨判定したので、同原告は、被告法務大臣に対し令第四九条第一項に基づき異議の申出をしたところ、同被告は、昭和四九年七月二九日同原告に対し右異議の申出は理由がない旨の裁決をし、次いで被告主任審査官は、同年八月一六日同原告に対し外国人退去強制令書発付処分をした。

4  原告梁洋子は、父原告梁商壽、母原告羅明子の間に昭和四九年九月二四日本邦において出生した韓国人であり、同年一一月二七日在留資格取得許可申請を行つたが不許可となつたので、昭和五〇年二月二五日横浜入国管理事務所入国審査官は、原告梁洋子を令第二四条第七号に該当する旨認定し、さらに同所特別審理官は、口頭審理のうえ右認定には誤りがない旨判定したので、同原告は、被告法務大臣に対し令第四九条第一項に基づき異議の申出をしたところ、同被告は、昭和五〇年七月一四日同原告に対し右異議の申出は理由がない旨の裁判をし、次いで被告主任審査官は、同月一八日同原告に対し外国人退去強制令書発付処分をした。

二  被告法務大臣が原告梁商壽に対してした前記裁決は、以下に述べるとおり違法無効であり、無効な右裁決を前提として被告主任審査官が同原告に対して前記外国人退去強制令書発付処分も無効である。

すなわち、同原告は、令第二四条第六号に該当するものであるのに、横浜入国管理事務所入国審査官は、同原告を令第二四条第一号に該当する旨の認定をしており、同原告が令第二四条の各号のいずれに該当するかの点につき明白な事実認定の誤りがあるのに、漫然これを看過した右裁決には重大かつ明白な違法があり無効である。

三  被告法務大臣が原告らに対してした前記各裁決(以下「本件各裁決」という。)は、以下に述べるとおり無効であり、無効な本件各裁決を前提として被告主任審査官が原告らに対してした前記各外国人退去強制令書発付処分(以下「本件各令書発付処分」という。)も無効である。

1  原告らには以下に述べるとおり令第五〇条第一項に基づく法務大臣の在留特別許可(以下「在留特別許可」という。)を与えるべき事情がある。

原告梁商壽は、親類の多くが本邦に居住し、兄梁商唆が本邦で営む事業を手伝う必要が生じ本邦居住を強く希望するに至つたが、韓国の実情から正規の手続をもつてしては右希望の実現が不可能であるため、前記のとおり本邦に入国したものである。入国後直ちに兄の事業を手伝い、昭和四二年五月一八日に原告羅明子と結婚し(ただし、昭和四八年九月一日婚姻届出をするまでは内縁関係)、コンクリート工事を主とする土木建築業を営む東海総業有限会社を兄と共に設立し現在に至つている。

原告羅明子は、家族が貧困のため一六才の時中学校卒業と同時に口減らし的に本邦居住の親類を頼つて本邦に不法入国したものであり、入国後は工員として働き、昭和四二年五月一八日に原告梁商壽と結婚し、その後東海総業有限会社で雑役婦として稼働し、同原告との間に長女原告梁壽子(昭和四三年二月一五日生)、次女原告梁洋子(昭和四九年九月二四日生)の二子をもうけ現在に至つている。

原告梁商壽及び同羅明子は、このように本邦において安定した生活を築きあげ、長期間本邦に定着しており、原告らの本邦における生活は法的に保護を受け得るものである。

反面、原告らには韓国での生活基盤は全くなく、韓国へ送還されれば自活可能であるとはいえない。すなわち、原告梁商壽の父母は本籍地済州島に居住しているが、在日している前記梁商唆の援助を受けており、甥が農業を営んでいるが、農地も少なく出稼をしている状況である。

また、原告梁商壽は、兄梁商唆と共同して東海総業有限会社を経営し、同原告が右会社の中心的存在となつて稼働しているので、同原告が韓国へ送還されればその事業の推進に大きな支障を生じ、債権者会社、従業員に及ぶ影響は計り知れない。

原告梁商壽子及び同梁洋子は、通常の日本人と全く同様の環境の中で成長し、原告梁壽子は昭和四九年横浜市立三沢小学校に入学し学業に就いており、自国語を解しない。

原告梁商壽は、外国人登録法違反者として懲役六月、執行猶予三年の判決を言渡しを受け確定し、原告羅明子は、同法違反者として罰金三〇、〇〇〇円に処せられた以外両原告共何ら刑罰法規に違反した事実のない善良な市民である。

2  在留特別許可制度の運用実態を見ると、韓国からの不法入国者の多くは本邦居住の親類を頼つて入国しその後安定した生活を築くに至るので、韓国からの不法入国者に対しては原則として在留特別許可が与えられている。

昭和四五年から同四九年までの法務大臣に対する異議申出の件数と在留特別許可の件数は次のとおりであり、在留特別許可の比率は高率である。

昭和四五年 異議申出八〇五件 在留特別許可六一八件

同 四六年  〃  九八五件   〃   五九七件

同 四七年  〃  八三〇件   〃   七八九件

同 四八年  〃  八七二件   〃   七〇八件

同 四九年  〃  九三四件   〃   七四五件

とりわけ原告らの如く安定した家族生活を営んでいる者らに対する在留特別許可の比率は、右以上に高いものである。

また、国は昭和三〇年代に不法入国した者については、本邦における不安定な地位に鑑み在留特別許可を与える方針をとつており、昭和四〇年に在留特別許可を受けた者の本邦居住期間は平均八年二か月となつている。

3  以上の諸事情に照らして考えると、在留特別許可を与えるべきことが明白であるのに、これを与えることなく原告らの異議の申出を理由がないとした本件各裁決は、原告らを著しく不平等、不利益に取り扱つたもので、被告法務大臣の裁量の範囲を著しく逸脱しており、その瑕疵は重大かつ明白なものであるから無効である。

四  よつて原告らは本件各裁決及び本件各令書発付処分の無効確認を求める。

第三請求原因に対する被告らの認否及び主張

一  請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認める。同二のうち、横浜入国管理事務所入国審査官が原告梁商壽を令第二四条第一号に該当する旨認定した事実は認めるが、その主張は争う。同三の1のうち、原告梁商壽の兄商唆が本邦で事業を営んでいたこと、同原告は入国後直ちに兄の事業を手伝い、昭和四二年五月一八日に原告羅明子と結婚したこと(たしだ、昭和四八年九月一日婚姻届出をするまでは内縁関係)、原告羅明子は一六才の時本邦に不法入国し、入国後工員として働き、昭和四二年五月一八日に原告梁商壽と結婚し、その後東海総業有限会社で雑役婦として稼働し、同原告との間に長女原告梁壽子(昭和四三年二月一五日生)、次女原告梁洋子(昭和四九年九月二四日生)の二子をもうけたこと、原告梁商壽の父母は本籍地済州島に居住していること、原告梁壽子は昭和四九年横浜市立三沢小学校に入学し学業に就いていること、原告梁商壽は外国人登録法違反者として懲役六月、執行猶予三年の判決言渡しを受け確定し、原告羅明子は同法違反者として罰金三〇、〇〇〇円に処せられたことは認めるが、原告梁商壽の親類の多くが本邦に居住していることは否認し、その余の事実は不知。その主張は争う。同三の2のうち、昭和四五年から同四九年までの異議申出の件数と在留特別許可の件数が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その主張は争う。同三の3の主張は争う。

二  被告らの主張

1  本件各裁決に違法はない。

(一) 被告法務大臣が原告梁商壽を令第二四条第一号に該当すると判断したことには、以下に述べるとおり何ら違法はない。

すなわち、令第二条第六号は「乗員手帳」の定義として「船員手帳、旅券又はこれらに準ずる文書で乗員が所持するものをいう。」と規定しているから、「乗員」が所持する有効な船員手帳が「乗員手帳」に当たるのであり「乗員」でないものが所持している船員手帳は、形式上有効なものであつても令にいう「乗員手帳」には当たらない。そして、令第二条第三号に規定する「乗員」とは、船舶所有者らと雇入契約を締結し、実際に船内労働に従事する者をいうのであるから、たとえ、形式上有効な船員手帳を所持し、雇入契約公認の手続を経ている者であつても、船内労働に従事し、その対償として給料等の支払を受ける意思がなく、単に出入国の手段として雇入契約を仮装したにすぎないような場合には、その者は、令にいう「乗員」には当たらないと解すべきである。原告梁商壽は、本邦への不法入国の手段として乗員を偽装して本邦に入国した者であるから、令にいう「乗員」ではなく、同原告の所持していた船員手帳は、形式上有効なものであつても、令にいう「乗員手帳」には当たらないことは明白である。

(二) 令第四九条第一項に基づく異議の申出に対する法務大臣の裁決は、特別審理官の判定に誤りがあるか否かの判断であり裁量を行う余地はないのに対し、在留特別許可の許否は、法務大臣の自由裁量によりその許否を決するものであるから、両者はそれぞれの内容を異にする別個の処分である。手続的にみても、異議の申出に対する法務大臣の裁決は義務的であり、その手続が法定されている(令第四九条)のに対し、在留特別許可の許否については法務大臣の権能を法定する(令第五〇条)のみで、権利として在留特別許可を求める申立権を認める体裁をとつていない。また、在留特別許可が裁決とは別個独立の処分であることは、在留特別許可を異議の申出が理由がある旨の裁決とみなす旨の規定(令第五〇条第三項)が特に設けられていることに徴しても明らかである。

以上のように、法務大臣の異議の申出に対する裁決と在留特別許可の許否の裁量とは、それぞれ個別独立の処分であるから、在留特別許可の許否の裁量に関する瑕疵が裁決の違法事由となり得るものではない。

(三) 仮に在留特別許可の許否の裁量に関する瑕疵が裁決の違法事由になり得る場合があるとしても、原告らに対する荏留特別許可の許否の裁量には、以下に述べるとおり何ら違法はない。

すなわち、外国人の出入国及び滞在の許否は、条約等特別の取極めが存しない限り当該国家が自由に決定し得る事柄であり、国家は外国人の入国又は在留を許可する義務を負うものではないというのが国際慣習法上確立された原則である。令もかかる国際慣習法上の原則を前提として定められており、在留特別許可の許否は、法務大臣の自由裁量に属するものとされている。

しかも、在留特別許可の許否の裁量に当たつては、単に異議申出人の個人的主観的事情のみならず、送還事情、国交関係等国際関係及び内政外交政策等客観的事情を総合的に考慮のうえ個別的に決定されるものであり、事柄の性質上原告らが主張する在留特別許可の割合又は本邦居住期間等により機械的に決せられるものではなく、その裁量の範囲は極めて広範囲なものであるから、主務大臣たる法務大臣がその責任において裁量した結果は、十分尊重されてしかるべきものである。

原告梁商壽は、昭和九年一二月七日本籍地の韓国済州道において出生し、本籍地の高等学校を卒業後、家業である農業に従事し、その間昭和三〇年七月から同三三年八月ころまで韓国陸軍に入隊していたもので、本邦に不法入国するまで三〇年間韓国で生活していたものである。また、原告羅明子は、昭和一九年一一月四日韓国済州道において出生し、出生地の中学校を卒業後、家事手伝いをしていたもので、本邦に不法入国するまで一七年間韓国で生活していたものである。このように右原告ら夫婦は、不法入国するまで何ら本邦と特別の関係を有していたものではなく、本邦に単に出稼の目的で不法入国したに過ぎないものである。

しかし、本邦は国土も狭隘さ資源も乏しく、正規に入国を希望する外国人労働者ですら受入れる余地はなく拒絶している現状であるから、もし右原告ら夫婦の如く出稼のため不法入国した者に対し、単に事実上長期間にわたり潜伏稼働していたことを理由に在留特別許可を与えるならば不法入国の誘引、助長を惹起し、ひいては今後の出入国管理行政上ゆゆしき事態の招来を余儀なくされる。

原告らが韓国に送還された後の生活は、引続き本邦に在留する場合に比して差当たり不便があり得ることは想像に難くないが、原告らが本邦において有する利益は、原告梁商壽及び同羅明子の不法入国という違法行為を基礎としてその上にあえて積み重ねられた利益に過ぎず、早晩清算を余儀なくされることが当初から客観的に予定されている性質のものであり、右原告ら夫婦はいずれも韓国で出生以来就学、従軍、稼働等長期にわたり韓国で生活していたものであること、韓国には原告梁商壽の両親等近親者も多く、原告らはいずれも健康で一家そろつて帰国し韓国で十分自活可能であるから送還により生存がおびやかされるといつた人道上の問題が生ずるような事情にはない。

したがつて、原告らに対し在留特別許可しなかつた法務大臣の裁量には何ら違法はない。

2  本件各令書発付処分に違法はない。

被告主任審査官は被告法務大臣から異議の申出は理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、退去強制令書を発付しなければならず(令第四九条第五項)、裁量の余地は全くないのである。

原告らに対する本件各裁決が適法であることは前記のとおりであるから、被告主任審査官の原告らに対する本件各令書発付処分に違法はない。

第四被告らの主張に対する原告らの認否及び反論

一  被告らの主張に対する認否

被告らの主張1の(三)のうち、原告梁商壽が昭和九年一二月七日本籍地の韓国済州道において出生し、本籍地の高等学校を卒業し、昭和三〇年七月から同三三年八月ころまで韓国陸軍に入隊していたこと、原告羅明子が昭和一九年一一月四日韓国済州道において出生し、出生地の中学校を卒業後、家事手伝いをしていたことは認める。被告らの主張は争う。

二  原告らの反論

1  被告らの主張1の(一)に対して

一原告梁商壽に対し令第二四条により退去強制処分をするには、同人が不法入国者、不法上陸者、不法残留者のいずれかに該当しなければならず、「乗員」であるかどうかを問題とする余地はない。

二  原告梁商壽が所持していた船員手帳は、韓国政府発行の有効なものであり、本邦において第三国の権限ある当局が有効に発行したこと自体を否定するような法解釈をとることは許されるべきではない。

2 被告らの主張1の(二)に対して

外国人退去強制の一連の手続からすると、法務大臣の裁決は、入国審査官の認定を原処分としてその当否を審査する部分と、在留特別許可をすべきか否かを判断する部分を合わせ有している一個の行政処分であると解するのが相当であり、在留特別許可は法務大臣においてのみなし得るものであるから、たとえそれが自由裁量に属するとしても、その判断に違法事由があれば、裁決の違法事由となる。

第五証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  原告梁商壽は、被告法務大臣が同原告に対してした裁決は、同原告が令第二四条第六号に該当するものであるのに、令第二四号第一号に該当すると判断した点に重大かつ明白な事実認定の誤りがあるので違法無効であり、無効な右裁決を前提として被告主任審査官が同原告に対してした外国人退去強制令書発付処分も無効であると主張する。

しかしながら、〈証拠省略〉によれば、原告梁商壽は、本邦に入国するため韓国船第一三進行号に乗船する以前には船員の経歴はないのに、船員の経歴があるかのように偽つて韓国政府から船員手帳の交付を受けたこと(右船員手帳の交付を受けたことは、当事者間に争いがない。)、同船において雑役に従事したこともあつたが、船員としての給与は得ておらずまさに本邦に入国するための手段として船員を仮装したものであることが認められ、〈証拠省略〉の記載のうち右認定に反する部分はく証拠路>と対比し措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、令第二条第六号は「乗員手帳」の定義として「船員手帳、旅券又はこれらに準ずる文書で乗員が所持するものをいう。」と規定しているから、「乗員」でない者が所持する船員手帳は、それがたとえ他国の政府機関により有効に発行されたものであるとしても、右「乗員手帳」には該当しないものといわなければならない。そして令にいう「乗員」とは、実質的に船舶等の乗組員であることを要すると解すべきであるから、原告梁商壽のように、本邦に入国するための手段として船員を仮装したにすぎない者は、令にいう「乗員」に該当しないというべきである。すると、同原告の所持していた船員手帳が韓国政府発行の有効なもの(このことは当事者間に争いがない。)であつても、令にいう「乗員手帳」に該当しないことになるので、結局同原告は、有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで本邦に入国したことになり、横浜入国管理事務所入国審査官が同原告を令第二四条第一号に該当する旨認定したことに何ら違法はなく、同原告の右主張は理由がない(のみならず、令第二四条各号の一に該当する者はいずれも同一の手続を経て退去強制されるものであるから、仮に同条第六号に該当する者を入国審査官が同条第一号に該当すると誤認したとしても、その認定の誤りは、重大な違法ということはできず、これを無効事由とすることはできない。)。

三1  原告らは、在留特別許可を与えるべきことが明白であるのに、それを与えることなく原告らの異議の申出を理由がないとした本件各裁決は、被告法務大臣の裁量の範囲を著しく逸脱しており、その瑕疵は重大かつ明白なものであるから無効であると主張するのに対し、被告らは、法務大臣の異議の申出に対する裁決と在留特別許可の許否の裁量とはそれぞれ別個独立の処分であつて、在留特別許可の許否の裁量に関する瑕疵が裁決の違法事由となり得るものではないと主張するので、まず、この点について判断する。

法務大臣は裁決に当たり異議の申出が理由がないと認める場合でも一定の事由に該当するときは容疑者に対し在留特別許可を与えることができるとされ(令第五〇条第一項)、退去強制が甚だしく不当であることを理由として異議を申し出る場合には、その資料を提出すべきものとされている(令施行規則第三五条第四号)ことなどからすれば、法務大臣の異議の申出を棄却する裁決は、入国審査官の認定を相当としてこれを維持する(この点では裁量の余地はない。)のと同時に在留特別許可を付与しないとの判断を示した処分にほかならないと解すべきである。したがつて、在留特別許可を付与しないことが違法であれば、これを与えずに異議の申出を理由がないとした裁決は違法となるというべきである。

そして、在留特別許可の許否は、単に異議申出人の個人的事情だけでなく、国際関係及び内政外交政策等諸般の客観的事情を総合的に考慮したうえで個別的に決定さるべき事柄で、法務大臣の広範囲な自由裁量に属する恩恵的措置であるから、在留特別許可を与えるべきことが客観的に一見明白であるのに、これを与えず、異議の申出を理由がないとの裁決をしたときに限り、明白な裁量権の範囲の逸脱ないし濫用として、裁決は無効とされるべきである。

2  そこで、無効理由の存否について判断する。

原告梁商壽は昭和九年一二月七日本籍地の韓国済州道において出生し、本籍地の高等学校を卒業し、昭和三〇年七月から同三三年八月ころまで韓国陸軍に入隊していたこと、同原告の兄梁商唆が本邦で事業を営んでいたこと、同原告は入国後直ちに兄の事業を手伝い、昭和四二年五月一八日に原告羅明子と結婚したこと(ただし、昭和四八年九月一日婚姻届出をするまでは内縁関係)、原告羅明子は昭和一九年一一月四日韓国済州道において出生し、出生地の中学校を卒業後、家事手伝いをしていたこと、一六才の時本邦に不法入国し、入国後工員として働き、昭和四二年五月一八日に原告梁商壽と結婚し、その後東海総業有限会社で雑役婦として稼働し、同原告との間に長女原告梁壽子(昭和四三年二月一五日生)、次女原告梁洋子(昭和四九年九月二四日生)の二子をもうけたこと、原告梁商壽の父母は本籍地済州島に居住していること、原告梁壽子は昭和四九年に横浜市立三沢小学校に入学し学業に就いていること、原告梁商壽は外国人登録法違反者として懲役六月、執行猶予三年の判決言渡しを受け確定し、原告羅明子は同法違反者として罰金三〇、〇〇〇円に処せられたことは当事者間に争いがない。

〈証拠省略〉によれば、原告梁商壽は韓国での生活が苦しかつたので本邦にいる兄梁商唆を頼り本邦で生活するために不法入国したこと、同原告の親族は本邦には家族のほかに兄梁商唆とその妻子がいるのみであること、本籍地済州道では同原告の兄(死亡)の家族が農業を営んでいること、同原告は収容されるまで兄梁商唆が全額出資して設立し社長に就任している東海総業有限会社のコンクリート打設工員としてコンクリート圧送の機械のオペレーターをしていたこと、右コンクリート打設技術には資格、免許は必要ではないが、他に右機械を操作する者がいないので、同原告が入国者収容所に収容された後は右機械は稼働できない状態にあること、同原告は前記以外に前科はなく警察で取調べを受けたことがないこと、原告羅明子の父母は死亡し、出生地に妹三人がおり、本邦に近親者はいないこと、同原告は前記以外に前科はなく警察で取調べを受けたことがないことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

前記争いのない事実及び右認定の事実によれば、原告らが強制送還されると、東海総業有限会社の事業にも影響があり、また原告らが本邦において有する職業、就学その他の生活の基盤は失われることになるけれども、本邦における右のような原告らの生活関係はもともと原告梁商壽及び同羅明子の不法入国という違法行為の上に築かれたものであり、不法入国の事実が発覚すれば、それらが、すべて破綻すべきことは当然に予期していなければならなかつたはずである。そして、原告梁商壽は出生以来引き続き二九年以上、原告羅明子は同じく一六年以上韓国で生活して来たものであり、原告らの親戚も韓国に居住しているのであるから、原告らが韓国に強制送還されても全く生計を維持できないとは考えられない。したがつて、被告法務大臣が原告らに対し在留特別許可を与えなかつたことをもつて、被告法務大臣の裁量が甚だしく人道に反するとか、著しく正義の観念にもとるということはできないし、まして在留特別許可を与えるべきことが客観的に一見明白であるとは到底いえない。

3  原告らは、韓国よりの不法入国者に対しては原則として在留特別許可が与えられていると主張する。

昭和四五年から同四九年までの異議申出の件数と在留特別許可の件数が原告ら主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、原本の存在及び〈証拠省略〉によれば、昭和四九年中の韓国籍の者に係る裁決の場合裁決人員に対する在留特別許可人員の割合が八〇・〇パーセントであることが認められるが、在留特別許可は、本来法務大臣の広範囲な自由裁量に属する恩恵的措置であることからすれば、右の事実から直ちに韓国からの不法入国者に対しては原則として在留特別許可が与えられていると解することはできない。

また、原告らは、国は昭和三〇年代の不法入国者には在留特別許可を与える方針をとつており、昭和四〇年の在留特別許可者の本邦居住期間は平均八年二か月となつていると主張するが、在留特別許可は、本来法務大臣の広範囲な自由裁量に属する恩恵的措置であることは前述のとおりであり、仮に平均居住期間がそのようであるとしても、〈証拠省略〉によつても、在留特別許可が与えられた者の不法入国の時期、本邦居住期間の長短はさまざまであることが認められ、その許否が入国の時期や居住期間の長短によつて機械的に決せられてはいないことが明らかで、原告梁商壽及び同羅明子のように、単に不法入国後長期にわたつて本邦で潜伏生活してきたことから、当然に右許可が与えられるべきことが明白であるということはできない。

4  そうすると、本件各裁決に際し、被告法務大臣が原告らに対し在留特別許可を与えなかつたことにつき、明白な裁量権の範囲の逸脱ないし濫用があつたとは到底いうことができず、本件各裁決には原告ら主張の無効理由は荏在しない。したがつて、本件各裁決を前提としてされた本件各令書発付処分にも無効理由は存在しない。

四  よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 時岡泰 成瀬正己)

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